東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9764号 判決 1963年7月18日
原告 中島光俊
右訴訟代理人弁護士 藤井国数
被告 劔持元吉
同 鈴木よしえ
右被告両名訴訟代理人弁護士 梶原止
主文
原告の請求は、いずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、先ず第一次的請求について判断する。
(一) 本件建物部分が原告の所有であること、原告は、昭和三四年八月一三日本件建物部分を被告劔持元吉に対し、賃料一ヶ月金一二、〇〇〇円、期限三年、使用目的店舗兼住居の定で賃貸し、右賃貸借に際し、特約として賃借人は賃貸人の承諾なくして賃借物の用法又は原状を変更しないこと、賃借人は賃借物に造作を附加しないこと、賃借人は、賃貸人の承諾を得て附加した物件は、その承諾を得てこれを処理すること、右一条項に違反したときは、賃借人は催告を要せず本契約を解除することができる旨の定めをなした事実、並びに被告劔持は、その内縁の妻である被告鈴木とともに、本件賃借建物部分において、そのうち約五坪を店舗として使用して「ユニバース」の名称で美容院を経営し、日本間六畳、炊事場及び便所からなつている他の五坪部分を住居に使用していたこと、当時、右店舗と日本間六畳の間は両端約半間づつ壁で仕切り真中約一間のうち左半間は戸棚で、右半間は木の開き戸で仕切られていたこと、昭和三五年一一月一六日被告らは、原告に無断で店舗と日本間六畳との仕切りとなつている木の開き戸と戸棚を取払い、右取払いのため戸棚が釘付され開き戸の支柱となつていた柱一本を切除し、日本間六畳に厚ビニールを敷きこれを鋲で止め、右日本間六畳を営業用に使用するに至つたこと、原告は、昭和三五年一一月一八日被告劔持に到達した内容証明郵便をもつて、被告劔持の前記行為を特約違反であるとして契約解除の意思表示をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。
(二) そこで、被告らのなした右模様替えは、本件賃貸借契約の特約である、原告の承諾なしには「造作の附加」、「附加された造作の処理」はできず、「原状の変更」、「用法の変更」はできない旨の条項に違反するかどうかを考えるに、
証人青山善茂の証言と被告両名各本人尋問の結果によれば、本件賃貸借契約当時、本件建物部分は、前部コンクリート土間と後部日本間六畳があるだけで造作は全く施されていなかつたが、契約締結に当り、原告と被告劔持との間に、被告らは、本件建物部分で美容院を経営すること、右営業目的に副うような外装、内装、造作の施工は、被告らにおいてこれを施工することなる了解が成立し、被告らは、右了解に基いて、少なくとも七〇〇、〇〇〇円の費用を投じてこれを施工し、右とは別に美容院営業に必要な器具、調度を設備し、装飾を施して、現況のような美容院店舗としたものであつて、本件で問題になつている戸棚、木の開き戸、支柱も当時被告らが施工したものであることが認められ、これに反する証拠はない。
右事実からすれば、本件賃貸借契約が存続する以上、被告らが美容院営業の必要のため、例えば、ドアー、窓の戸、間仕切りを施し、鏡、洗面器具の設置、或いはこれを取外すこと、前記コンクリート部分の床の張替え等の施工をすることは、右例示のものが造作であるか否かは別論として、これら施工が建物の改造とならない限りにおいては、自由であると解するを相当とする。けだし、このようなことに対しても原告の承諾が必要であり、それが得られないことによつて被告らの営業に関する創意と工夫が害されるとすれば、原告には何らの利益を蒙らしめることとなり、本件賃貸借契約の目的に副わず、条理にも反することとなるからである。
右観点から、前記特約の趣旨を解すれば、施工されるべき造作は、本件建物の作りの程度、その地理的環境並びに本件建物が美容院店舗として使用される目的に照らし相当な形状、程度のものであることを必要とし、右形状、程度のものである限り、原告は、その施工を拒否することはできない。また一旦施工された造作を取除くことも、そのことが美容院営業の目的に副うものである限り、自由のことに属する。ただ、附加された造作は、それによつて本件建物の便益が増し、原告の利益にもなつているのであるから、原告の承諾なしにこれを除くことが、原告の利益を害することのみを目的としてなされた場合、或いは客観的に前記造作施工の目的に明らかに反している場合に限り、禁ぜられるべきものである。造作に関する特約は右のように解する限度において有効なものとして許容することができる。次に、原状及び用法の変更を禁ずる旨の特約であるが、凡そ賃貸借契約において、借主が右義務を負うのは、賃借物を損傷し、回復し難い損失を賃貸人に蒙らしめるが如き使用収益方法を禁ずる趣旨であつて、当該賃貸借契約の目的及び賃借物の用法に従つて通常の使用収益を行つていると認められる限りにおいては、多少の原状変更、用法の変更は許されるべきものである。本件賃貸借契約における右特約も右に述べた一般の賃貸借契約における賃借人の義務を定めたものであつて、それ以上の義務を被告劔持に負担させたものと解すべき特別の事情の認むべきものはない。
前記特約の趣旨は右のように解される。
検証の結果、ならびに乙第八号証(昭和三六年二月二〇日撮影された日本間六畳の写真であることは弁論の全趣旨によつてこれを認める)によれば、本件建物部分の間取り、使用状況は別紙図面の通りであつて、戸棚というのは移動しうる戸棚で、家具の一種であり、もと図面(ホ)、(イ)、(ハ)、(ニ)の位置にあつたものが、移動されて(ホ)、(イ)、(ロ)、(ヘ)の位置に備え附けてあり、木の開き戸は、(ロ)点とその直上一間の高さの鴨居を結ぶ線を軸として(ハ)点に垂直に存在していた支柱間に設置されていたもので、右(ハ)点支柱の撤去跡ら右支柱は、木の開き戸の開閉する側の支柱としての効用を主としていたもので、開き戸は、通常の木造アパート等に存在する軽量のものであつたと推認され、日本間六畳の厚ビニールというのは、従前の畳の上に敷き、鋲で畳に止めてあり、右六畳は客の待合室を主たる使用目的とし、客に対する美容院としての処置も行い得る設備があり、前部店舗部分とあいまつて美容院店舗を形成しているものと認められる。
右認定事実に基けば、戸棚及び厚ビニールは造作とはいえないから、前記特約条項違反の問題は生じない。木の開き戸及び図面(ハ)点に存在した支柱は、造作であり、これらを取払うことは一応「造作の処理」と云えるけれども、これら造作は、簡易なものであり、容易に復旧し得るものであるから、右撤去によつて前段説示の原告の利益を害したものとはいえないのみならず、後記のように日本間六畳を営業用の室に使用することは許容されることであり、その目的のために撤去は必要であると認められるから、そのことは右特約条項に反するものではない。次いで、日本間六畳を右認定の用途に使用し得る店舗用の室に用途を変更したことは、原状及び用法違反として責めらるべきであろうか。前段認定の本件建物部分の賃貸借契約成立の経緯、目的ならびに前記説示の賃借人の義務に照らして考えれば、本件賃貸借契約後、右日本間を被告らが住居のために使用していたものを、住居としての使用を廃し、店舗としたからといつて、賃借物を損傷し、回復し難い損失を原告に蒙らしめるものではなく、むしろ、契約の目的に副うものであつて、原状若しくは用法違反となる訳はないこと明白である。いわんや、被告両名本人尋問の結果によれば、右日本間六畳を右の用法に従つて使用するようになつてからも、被告らとしては女店員を右室に宿泊させる必要があり、閉店後は、寝泊りに使用していたが、原告が理由なく寝泊している女店員にいやがらせをするため、これを中止せざるを得なくなつた事実を認めることができるのであつて、原告の原状変更及び用法変更条項違反の主張は到底これを認めることはできない。
してみると、原告の被告劔持に対する右特約違反を事由とする契約解除の意思表示は何らの効力もないこと明白である。
(三) 原告は、第一次請求の予備的請求原因として、原告は、昭和三六年九月一三日被告劔持に到着の書面をもつて、自己使用の必要及び被告らの不信行為を正当事由として、本件賃貸借契約の期間満了(昭和三七年八月一三日)を以て更新拒絶の通知をなしたから、本件賃貸借契約は、右日時期間満了によつて消滅したと主張し、右更新拒絶の通知のなされたことは当事者間に争いがないので、右更新拒絶につき正当事由が存在するか否かについて考えるに、
原告本人尋問の結果によれば、原告が更新拒絶の通知をなした当時、原告が住居に使用していたものは、本件建物部分の右に接続する階下一〇坪の建物部分(道路に面する部分五坪六合の土間及びこれに続く後部六畳室、押入、台所、便所を備える)であつたが、現在はこれら建物部分の二階にあたるアパート一室(右二階には他に四室あり、いずれも他人に賃貸中)六畳も使用しており、原告は大工職で右前部五坪六合の土間を仕事場として使用し、後部六畳と二階六畳を妻と子供二人(一〇才と六才)計四人の家族が住居に使用し、将来母(現在弟の下に生活している)を引取る予定であることを認めることができ、これに反する証拠はない。右認定事実からすれば、原告が使用している住居部分六畳の間二室は、原告家族四人暮しにとつては決して余裕のあるものとは考えられないけれども、現今の住宅事情一般から考えてみれば、仮に原告の母が常時原告と同居するようになつたとしても、甚だしく狭隘なものとは云えない。また、原告が大工職の仕事場として使用している五坪六合部分は狭隘であるとの事実は、原告本人尋問の結果から認められるけれども、原告本人尋問結果によるも本件賃貸借契約当時の大工職の仕事が現在に至り甚だしく増加し、そのため右土間部分では仕事を処理することが困難になつたとの事情は覗うことはできず、他に右事情を認め得る証拠はない。一方、被告らについてみるに、被告両名本人尋問の結果並びに検証の結果によれば、本件建物部分は原宿駅北口から東へ通ずるトロリーバス環状線道路から稍入つた商店街に位置して美容院営業を営む場所的条件に恵まれていること、本件建物部分を美容院として営業するため前記認定の造作費を含めて設備等に一、二〇〇、〇〇〇円位を出資したこと、開店後一ヶ年余りは営業がさほどふるわなかつたが、それから以後現在まで顧客がふえる方向にあり、現在は従業員四、五名を使用し月平均四五〇、〇〇〇円程度の収入があり、利益は月三〇〇、〇〇〇円であること、被告らは昭和三八年四月まで池袋駅附近においても美容院を経営していたが、被告鈴木が病気をして入院したためこれを閉店したので、現在は本件美容院が唯一の店であり、且つ収入源であること、現在移転先については全くあてがないこと、が認められ、これに反する証拠はない。以上から、原告が本件建物部分の使用を必要とする程度並びに使用することによつて得る利益と、被告らが使用を必要とする程度並びに使用を失うことによつてこうむる損害とを比較考量すると、被告らのそれの方が明らかに大であることが認められる。ところで、原告は、更に被告らに信義則違反があるとし、これを右更新拒絶の正当事由として主張しているのでこの点を考えるに、証人水島進≪中略≫によれば、被告らは前段判断の模様替えを行う前昭和三五年一〇月頃、日本間六畳を主として来客の待ち合い場所として使用する店舗に改造しようと考え、店舗よりも約二〇センチ高くなつている右日本間の床を店舗と同じ高さとし畳敷を板敷とし、両部屋の仕切りを取り除く改造工事を計画しその設計を建築設計業水島進に依頼したが、右改造工事は本件建物部分の構造に影響を及ぼすものではないから原告は当然承諾して呉れるものと考えたが、ともかく現状変更禁止条項には触れるから、工事着手前予め原告の承諾を得なければならないと考え、同年同月下旬頃、本件賃貸借契約の仲介を務めた不動産業青山善茂を通じて、右工事について原告の承諾を求めたところ、原告は、なかなか承諾してくれなかつたので、その後も引続き被告鈴木において、原告方におもむいて承諾してもらいたい旨交渉した。しかるに、原告としては被告らが企図している改造工事は建物全体の耐久力に影響し、これを弱めるほどのものであると考え、且つ、被告劔持が暴力団極東組に関係を持ち、原告の承諾の如何にかかわらず工事を断行すると云つているとのうわさを軽信した等のことから、不安を感じ、同月三〇日頃原宿警察署の家事相談係に訴え、改造は承諾できないから思いとどまらせるよう頼んだので、警察は被告鈴木の任意出頭を求め、原告と被告鈴木との話合の機会を設けた。しかし話はととのはないうち、依頼した水島進の設計ができあがり、水島は仕事の都合上速かに材料を搬入させてもらいたいと、被告らに頼んだので、被告らは右要求を入れ原告の承諾を得られないまま、同年一一月六日頃その時まで日本間六畳においてあつた家財道具を他にアパートを借りてそこに移し、改造工事に使用するための材木を店舗中に運び入れた。この事態を知つた原告は原宿警察署へ再び右事情を訴えた。このため被告らは署員の来訪を受け事情を聴取され、無断改造はさしひかえるよう注意を受けたり、右設計者とともに警察に出頭するよう求められるなどしたので、被告劔持は計画した改造工事についての原告の承諾は不可能であることを知り、同月中旬頃運びこんだ材木を全部ひきとらせ、結局被告らは、右改造工事を中止したことを認めることができ、これに反する証拠はない。右認定した事実によれば、被告らは、結局中止した右改造工事について原告の承諾を得られないうちにその準備をしたことは認められるけれども、原告の承諾を押し切つてまで断行しようとの意図は、必らずしも持つていたものとは考えられず、一方、前段認定の本件賃貸借契約成立の経緯及びその目的並びに前段説示の賃貸借義務から考えて、右改造工事が果して被告剣持の賃借人としての義務に反するものかどうか疑う余地があり、少くとも原告としては、警察にもちこむほどのことをせず、本件賃貸借契約の仲介者であつた青山善茂その他適当の人を通じて円満な話合いの下の解決を図るのが相当であつたと考えられる。したがつて被告らに、正当事由を構成する如き信義則違反の行為があつたと認めることはできない。
してみると、原告のなした更新拒絶の通知には正当事由は認められず、右通知の効力はない。
二、次に、原告の第二次的請求について判断する。
原告が右請求の請求原因として八〇〇、〇〇〇円の提供によつて、前記更新拒絶の正当事由は補充されると主張する趣旨は、立退料として右金員を支払うことによつて被告劔持は適当な店舗を他に求めることができるとの意味と解されるが、前記認定の如き原告側と被告側の事情就中本件建物の場所的利益、造作及び設備にかけた費用の額、被告らの営業の状況、店舗移転の困難なこと、等を考慮すれば、右金額の提供を以てしても未だ正当事由が存することにはならず、原告のなした更新拒絶の通知は、正当事由を欠く無効のものと云わねばならない。
三、以上の通りであるから、本件賃貸借契約は期間の満了後も更新されて存続することになり、被告剣持の本件建物部分の占有は権限に基くものであること、勿論であり、被告鈴木の本件建物部分の占有は、内縁の夫である被告剣持の右占有権原の庇護のもとにあると云うべきであるから、その占有は正当な権限に基くものと云へる。
四、よつて、被告らに対する原告の本件建物部分の明渡並びに損害賠償の支払を求める第一、第二次的請求(なお、弁論の全趣旨から、原告は、賃料債権の請求はしていないものと解されるから、この点には触れない)は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西山要)